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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2121号 判決

原告 松野一夫

右訴訟代理人弁護士 依光昇

被告 小池三郎

右訴訟代理人弁護士 横山寛

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

被告は、原告に対し、別紙目録二記載の建物(以下本件建物という)を収去して、同目録一記載の土地(以下本件土地という)を明け渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、昭和二七年四月、被告に対し、本件土地を非堅固建物所有の目的、期間二〇年の約で賃貸した。

2  原告は本件土地を所有していたが、その所有権の帰属について紛争を生じ、本件土地所有権は一時、訴外芝商工信用金庫を経て、昭和三六年七月、訴外城南信用金庫に移転し、それぞれその頃の所有権移転登記がなされたが昭和四一年三月七日東京高等裁判所において和解成立し、原告においてその所有権を回復し、同年四月七日その旨の所有権移転登記を経由した。

従って前記賃貸借契約上の賃貸人たる地位も、右所有権の移転とともに移転したものである。

3(一)  被告は、前記賃貸借契約に基づき本件土地上に非堅固建物を所有していたが、昭和三八年一月三一日、火災により右建物が全部焼失したため昭和三八年中に、本件土地上に、別紙目録二記載の堅固な建物を新築した。

(二)  本件土地賃貸の目的は非堅固建物所有を目的とすることに定められているから、被告の右堅固建物新築は、本件土地の用方に違反する。

4  そこで、原告は昭和四二年一月一六日被告に対し口頭で右用方違反を理由として本件賃貸借契約を解除する旨通告した。

5  仮に右解除の主張が認められないとしても、原告は被告に対し昭和四二年六月七日の本件口頭弁論期日において本件賃貸借契約を解除する旨意思表示をした。

6  よって、原告は、被告に対し、右賃貸借契約解除に伴う原状回復として本件建物を収去して、本件土地を明け渡すことを求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1中賃貸期間の点を除きその余の事実は認める。本件賃貸借は期間の定めがなかったものである。

2  同2の事実中、原告が本件土地を所有していたところ、その後本件土地につき原告主張のような所有権移転登記がなされたこと、昭和四一年三月七日原告主張のような和解が成立し、原告において本件土地の登記簿上の所有名義を回復したことは認めるも、訴外芝商工信用金庫および同城南信用金庫が一時本件土地所有権を取得したとの点およびその余の事実は否認する。

3  同3(一)の事実は認める。

同3(二)の主張は争う。

三、抗弁

1(一)  非堅固建物所有を目的とする借地権の消滅前に、建物が滅失し堅固建物が築造されたときでも、貸地人が堅固建物の築造に対し遅滞なく異議を述べないときは借地法七条の適用があり、以後堅固建物所有を目的とする借地契約として更新されるものと解すべきである。

そして右更新後の借地権の存続期間は、建物の堅固・非堅固により区別されているが、この区別は築造された建物が現実にいずれであるかによって定まり、元来の借地契約がどちらの所有を目的とするものであるかによって定まるものではないから、元来の借地契約が非堅固建物所有の目的であっても、堅固建物が築造されたときはその借地権の存続期間は建物滅失の日から起算して三〇年になるものと解すべきである。

また借地法七条の法定更新が成立した場合、貸地人は賃借人の右堅固建物築造による用方違背を理由として解除することは許されない。

(二)  ところで、被告の本件建物築造に対し、本件土地の所有者である原告から何らの有効な異議が述べられていないから、被告の借地権は、借地法七条によって堅固建物の所有を目的とし、その存続期間を三〇年とするものに更新された。

(三)  即ち、原告は、本件建物から僅か六〇〇メートル位のところに居住し、しかも本件建物に隣接して四軒の貸家を持ち常時見廻っており、従って原告と訴外城南信用金庫との間の和解成立以前から本件建物築造の事実を知っておりながら、右築造に対し遅滞なく異議を述べなかったものである。

(四)  仮に、本件家屋建築当時の本件土地の所有者が訴外城南信用金庫であったとしても、同金庫から何らの有効な異議もなされておらないから、前記(二)と同様に契約は更新されたものである。

尤も、被告は、昭和三八年二月六日訴外城南信用金庫から、本件土地上にいかなる建物をも築造することを禁止する旨通知を受けたことはあるが、借地法七条に所謂「土地所有者の異議」は建物着工ののちに為されることを要すると解すべきであるから、右訴外金庫の異議は不適法である。

(五)  従って、本件賃貸借契約は前記(二)記載の如く更新されたから、賃貸人たる原告は、もはや用方違背を理由に、本件賃貸借契約を解除することはできず、解除は無効である。

2  仮りに、借地法七条の法定更新が成立しないとしても、左記事由により原告の本訴請求は所有権又は解除権の濫用であって許されない。

≪中略≫

四、抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)、(二)の主張は争う。

抗弁1(三)の事実中、原告が本件建物築造を知った時期については争う。

原告は昭和四一年三月七日訴外城南信用金庫との間の和解成立後はじめて右築造の事実を知り、被告に対し異議を述べた。

抗弁1(四)の事実中被告主張の日に訴外城南信用金庫が被告主張内容の通知をしたことを認めるも、その余の主張は争う。

訴外城南信用金庫は、右通知後も再三かかる堅固な建物の築造を承認できない旨通知している。

抗弁1(五)の主張は争う。

2  抗弁2の権利濫用の主張は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一、請求原因1(但し賃貸期間の点を除く)および3(一)の事実は、当事者間に争いがない。

右賃貸期間につき、原告は昭和二七年四月以降二〇年であると主張するが、≪証拠判断省略≫、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

そうすると右以外の賃貸期間について主張立証のない本件においては本件土地の賃貸期間は定めがなかったことに帰するが、期間の定めのない借地権の存続期間は非堅固の建物の所有を目的とするものについては三〇年とすることは借地法二条一項に定めるところであるから、本件土地の賃貸期間は昭和二七年四月以降三〇年と解すべきである。

二、1 借地権の消滅前建物が滅失した場合、借地権の残存期間を超えて存続すべき建物の築造に対し土地所有者が遅滞なく異議をのべないときは借地権は建物滅失の日から起算して堅固な建物については三〇年間、その他の建物については二〇年間存続すべきことは借地法七条に定めるところであるが、右規定に所謂堅固の建物とその他の建物の区別は新築建物についての区別であって本来の借地権が目的としていた建物についての区別ではないと解すべきである。

ところで、被告が昭和三八年一月三一日本件土地上の旧建物を火災により全部滅失したため、同年中に本件土地上に、その賃借期限である昭和五七年三月を超えて存続すべき堅固な建物である、本件建物を建築したことは前記認定のとおりであるが、原告が被告に対し本件建物の築造について昭和四一年三月七日以前に異議を述べたことがないことは弁論の全趣旨により明らかである。

原告は、被告の本件建物築造の事実を知ったのは、昭和四一年三月七日以降であるから右異議は遅滞していない旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、原告は本件建物から約六〇〇メートルしか離れていないところに居住し、かつ本件建物附近に数軒の貸家を所有していたことが認められるから、原告は右火災による旧建物の滅失と本件建物の建築をその当時知っていたか、少くとも知ることができた筈であり、従って仮りに原告主張の如く原告が昭和四一年三月七日まで右事実を知らなかったとしても、原告には右認識しなかったことにつき過失があるというべきであるから、原告が昭和四一年三月七日以降に異議を述べたとしても、右異議は遅滞したものというべく、従って右異議を理由として借地法七条の法定更新の効果を妨げることはできない。

2 原告は、本件建物建築当時の本件土地の所有者は訴外城南信用金庫であり、右訴外金庫は昭和三八年二月五日付内容証明郵便で被告に対し、いかなる建物の築造も禁止する旨申入れた旨主張するが、借地法の存続期間中に建物が滅失しても借地権は消滅せず、借地人が契約によって定められた建物を新築することができることは借地法上明らかであるから、いかなる建物の築造をも禁止することを内容とする右申入れが無効であることはいうまでもない。

また仮りに右申入れが、契約によって定められた借地権の目的外の建物である堅固の建物の築造に対する事前の異議と解すべきとしても、≪証拠省略≫によれば、本件土地は原告ほか六名が相続により取得しこれを共有(のちに原告以外の相続人の相続放棄により原告の単独所有となる)していたところ、昭和三五年六月一四日訴外芝信用金庫が無効の抵当権に基づきこれを競落したのち昭和三六年七月二日訴外城南信用金庫に譲渡し、その頃その旨の登記を経由したこと、原告らは本件土地の所有権を主張して訴訟を提起し、昭和四一年三月七日東京高等裁判所において本件土地所有権につき原告らの主張どおりの内容の和解が成立し、同年四月七日原告において本件土地の登記名義を回復したことが認められ、原告本人尋問の結果によっても右認定を覆すに足りないから、訴外城南信用金庫は本件土地の所有者ということはできず、従って被告の本件建物築造に対し異議を述べる権限を有しないものというべきであるから、右訴外金庫の右異議は効力を生じない。

3 そうすると、原告は、被告の本件建物の築造に対し遅滞なく異議を述べなかったというべきであるから、本件借地権は昭和三八年一月三一日の旧建物滅失の日から三〇年間堅固の建物の所有を目的とするものに更新されたというべきである。

三、1 ところで、非堅固建物の所有を目的とする借地契約において、借地人が地主の承諾を得ることなくその借地上に堅固な建物を建築することは、一般に借地の用方違反にあたり借地契約の解除原因になると解されるところ、被告が昭和二七年四月本件土地を普通建物所有の目的で賃借しながら、昭和三八年本件土地上に堅固の建物を築造したことは前記認定のとおりであるから、被告の右行為は本件土地につき契約によって定められた用方に違反するものといわなければならない。

2 原告は、昭和四二年一月一六日被告に対し堅固建物築造による本件借地の用方違反を理由として賃貸借契約解除の意思表示をした旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。

しかし、原告が昭和四二年六月七日の本件口頭弁論期日において、被告に対し右と同一理由で本件賃貸借契約解除の意思表示をしたことは本件記録上明らかである。

3 しかし、地主が借地権の消滅前建物が滅失した場合、借地権の残存期間を超えて存続すべき建物の築造に対し有効な異議を述べず更新の効果を生ぜしめたときには、右更新について定めた借地法七条の規定の趣旨に照らし、地主の解除権は消滅するものと解すべきである。

前記認定の事実によれば、原告は、被告の本件建物の築造に対し有効な異議を述べなかったため更新の効果を生じたことは明らかであるから、右によって原告の解除権は消滅したものというべく、従って原告の前記解除権の行使は効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

四、よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺剛男)

〈以下省略〉

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